ツール・ド・ワロニー2017 第3ステージ

ラスト1.5kmが、平均勾配11%という「ユイの壁」に匹敵する何度を誇る激坂「ウッファリーズ」。リエージュ~バストーニュ~リエージュでも使われている坂なんだっけ? さすがアルデンヌ・クラシックの舞台ワロニー地域である。

 

そして、そんな激坂を制して勝利したのが、今年フレッシュ・ワロンヌ3位の好成績を叩き出したBMCのディラン・トゥーンス。今年まだ25歳の若者である。すでに第2ステージで総合リーダーになっていたため、リーダージャージを着用しての勝利である。このまま総合優勝を決めてしまうのだろうか。フレッシュ・ワロンヌの3位がフロックでないことを証明してくれた。

 

 

途中まで惜しい走りをしていたのがアレクシー・グジャール。2015年のブエルタでの劇的な逃げ切り勝利以降、期待はされていたものの結局2年間まるごと勝利を掴めずにいる彼。久々の勝利かと期待したが、さすがにあの激坂を乗り越えることはできなかった。かつてはカルメジャーヌに羨まれるほどの注目を浴びたグジャール。バルギルのように、復活をすることができるか。

 

 

ちなみにこのツール・ド・ワロニー、第1ステージではベンジャミン・トマが勝利している。ダンケルク3日間レースに次ぐ今期2度目の勝利である。彼が所属する陸軍チームことエキップシクリズム・アルメ・ド・テールは、今年なんと17勝目。昨年は3勝。2013年以来4勝しかしていないチームが、である。何たる躍進。だけどこういうので調子に乗って昇格すると大体失敗するイメージがあるので、彼らはこのままコンチネンタルで勝利を稼いでいってもらいたい気分である。

 

 

ツール・ド・ワロニーは残り2ステージ。生で見るかは微妙だが、最後まで注目していきたいと思う。

ベルギー 奇想の系譜展

先日のバベルの塔展に続き、ヒロニムス・ボスやピーテル・ブリューゲルがフューチャーされた作品展。しかし後半からは20世紀前後の作品も多く展示され、バベルの塔と連続性を持ちながらも、また新たな魅力を発見できる作品展だった。

 

バベルの塔展で見て好きだったボスの「聖クリストファ」がなかったのは残念。しかしボスの「トゥヌグダルスの幻視」は迫力満点。入口付近にあった、同作品の動画版も、音楽と合わせ絶妙な不気味さを醸し出しており、一見の価値あり。

また、同じく入口に用意された、ヤン・ファーブルの「フランダースの戦士」も、何とも言えぬ迫力があり時間をかけて様々な角度から眺められる良い作品だった(終盤のファーブルの作品はあまり興味をもてなかったが、このフランダースの戦士は良かった)。

 

そして個人的に最も、期待以上に良かったのが、ヴァレリウス・サードレールの「フランドルの雪」と、ウィリアム・ドグーヴ・ド・ヌンクの「運河」「黒鳥」といった、20世紀前半の作品たちであった。前者はカンヴァスの3分の1以上を占める空の蒼色の美しさ、そして後者はビリジアンブルーの得も言われぬ感傷的な美しさが印象的だった。「黒鳥」のアイフォンケースが売っていたのでつい買ってしまったほどだ。普段そういうのは一切買わないというのに。

 

まあ、そもそも自分が風景画が好きというのもあるのだけれど。ボスやボス・リバイバルの作品群も、奇妙なモンスターたち以上に、その背景の不気味さをもった遠景にこそ惹かれる部分があるので(「トゥヌグダルスの幻視」背景の燃える家とか、今回はなかったけどボスの「聖クリストファ」の遠景の廃墟に佇む巨大な怪人とか)。

 

 

期待せずに行ったが、想像以上に楽しめた奇想の系譜展。

おすすめである。

カリフォルニア・チルドレンの活躍

ツアー・オブ・カリフォルニアは、若手の登竜門となりつつある。以前からか?

 

たとえば昨年、新人賞2位となったタオ・ゲオゲガンハートは、先日のハンマーシリーズで活躍し、注目を集めた。今年のカリフォルニアでも、新人賞を巡る激しい戦いを繰り広げた。

昨年の新人賞1位だったネイルソン・パウレスは、まだ20歳と若くプロコン以上のチームへの移籍を行わなかったため、今年のカリフォルニアには出場できなかったが、先日のアメリカ選手権U23部門でロードレースチャンピオンに輝いた。

昨年のカリフォルニア新人賞は上位3名がアクソン・ハーゲンベルマンス所属だった。3位だったルーベン・ゲレイロも、現在はトレック・セガフレードで活躍している。

 

さらに、今年カリフォルニアで山岳賞を獲得したダニエルアレクサンデル・ハラミーリョも、先日のツアー・オブ・ハンガリーで総合優勝を果たす。彼もまだ26歳と若いコロンビア人であり、今後の活躍も期待できる選手である。

 

ツアー・オブ・カリフォルニアは、今年からワールドツアークラスに昇格し、ジェリー・ベリーとラリー・サイクリングの例外を除き、原則として地元コンチネンタルチームの参加ができなくなった。昨年あれだけ活躍したアクソンですら。

だがそれでも、今年ラリーのエヴァン・ハフマン(昨年山岳賞)がステージ2勝するなど、やはりワールドツアーチーム以外が活躍できる環境であり続けている。

 

ワールドツアーチームでも、ジョージ・ベネットという、新しい才能の開花を見ることもできた。来年も、注目すべきレースであるのは間違いない。

ケネス・ロナーガン監督「マンチェスター・バイ・ザ・シー」

主演:ケイシー・アフレックミシェル・ウィリアムズ

 

 

あらすじ

ボストンで便利屋として働くリー・チャンドラー(ケイシー・アフレック)は、ある冬の日、兄の訃報を受け取った。

地元のマンチェスター・バイ・ザ・シーに戻った彼は、兄の遺言により、甥のパトリック(ルーカス・ヘッジス)の後見人となるよう伝えられる。

パトリックとの交流を通じ、彼を助けたいという思いも育まれていくものの、リーには、この町に残り続けることのできない理由があった。

それは、彼がこの町で経験した、ある辛い過去であった。

 

 

感想

登場する人物が皆、微妙な距離感をもつ間柄であるのが印象的。

死んだ兄の友人、兄の息子、別れた元妻(ミシェル・ウィリアムズ)、さらにはパトリックと彼が幼い頃から会っていない母・・・互いに互いを愛そうとはするものの、うまくいかない、そんな連続である。

 

それでもラストで、主人公リーが笑顔になるシーンもあり、そこが感動的だった。

 

 

全体的なテンポは、速くもなく遅くもなく。

感想を見てみると、途中で寝てしまった、という人もいたようだが、結構ポンポン進む印象だった。

その中でも、パトリックが「写真」を見るシーンで異様なほどにウェイトがかかる演出と、元妻との再会シーンで目まぐるしく視点が変わる演出は、その一定の店舗に対する大きな変化として現れ、彼らの心情を表現する絶妙な演出だったように思う。

 

 

予告編で流れたテーマ曲が、結局最後まで流れなかったように感じたのだけれど、気のせいか? あれ、凄く良かったんだけどなぁ(あれを聞きたいがために観たようなもの)。

 

 

ちなみに、テーマとしては、「癒せない傷もある、それでも生きていく」というもの。

「立ち向かう」じゃなく、「逃げてもいいんだ」というメッセージである点で、ハリウッドとしては珍しいんだとか。

青森旅行「三内丸山遺跡・県立美術館・十二湖/青池」

6月15日の夜から18日の朝にかけて、青森に旅行に行きました。

ここ最近毎月のようにどこかに出かけているので、できるだけ経費削減を、ということで今回は高速バスによる移動を行ったほか、青森では2名素泊まり5000円の安いビジネスホテルを利用。

ホテルは問題なかったが、高速バスはやはり身体に厳しい・・・。

 

 

実質的な観光は16日(金)と17日(土)の2日間。

 

1日目は朝食を青森市内の古川市場 のっけ丼 青森魚菜センター本店にて。

1300円で10枚綴りの食券を購入し、ご飯(食券1枚、大盛は2枚)のほか各種刺身等を食券で選び自由に載せていくスタイル。

肉もあるがやはりここは魚だけで・・・鯛やサーモンなどを始め、トロは2枚、ほたては3枚ってな具合で選んでいく。店によってネギトロが1枚だったり2枚だったりするなど戦略的に選ぶのが肝要。

選び方によってはめっちゃ贅沢な丼が完成する。ただし、欲張りすぎて朝からお腹いっぱいになり過ぎたのはちょっと後悔。味噌汁も食券1枚で購入できるのだが、刺身を優先してそっちばっかり集めてしまった。

 

その後はバスで目的地の三内丸山遺跡へ。

丁度、市内の小学校の行事と重なっていたようで、大量の小学生と共に満員状態で向かう。

外国人の方が多かった。若い二人組の1人は腕に「継続は力なり」のタトゥー。

外国人の老夫妻は小学生たちと仲良くなり、小学生が英語で自己紹介したりしていた。

 

 

三内丸山遺跡縄文時代の遺跡が発掘され、それを復元したものなどが展示されている。

両親が昔旅行で訪れて良かったよと言っていたので、ずっと行きたいと思っていた。

 

なんと、入場料は無料。ガイドもボランティアの人が無料で請け負ってくれる。

そのくせ中は、結構しっかりとした復元遺跡が残っていて見ごたえもバッチリ。

かなりおすすめなスポットである。

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有名な櫓?見張り台?空も雨予報があったにも関わらずすっかりと晴れて気持ち良くなった。

 

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高床式の建物のほか、数種類のバージョンで復元された「竪穴式住居」。

竪穴住居は中に入ることもできる。

 

 

そして、三内丸山遺跡からは徒歩で県立美術館に向かうことができる。

この県立美術館、現代美術を集めて特集をしており、以前はUFOの墜落などもあったらしい(謎)

 

また、青森出身の現代美術家奈良 美智の作品も常設されているとのこと。

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こちらは屋外から無料で行けるゾーンにある、奈良氏の作品「あおもり犬」。

 

奈良氏と言えば目つきの悪い少女の絵なんかが有名だが、今回の展示の中では、おそらく「アオモリ・ヒュッテ」と題された、小部屋の展示が印象的だった。

小さな小部屋の中に少女が3人、うつ伏せで寝転んで本を読んでいる?部屋の中にはまばらに花が咲いており、鑑賞者は部屋の外側の窓からこれを見ることができる。

 

窓だけじゃなく、壁にも無数の小さな穴が開いており、そこから「覗き見る」こともできる。目線の高さの小さな穴から覗くと3人の少女のうちの1人だけをちょうど視界に納めることができる。少女たちの顔は隠されている。

 

この展示の外側には狭い通路が。そこには鏡があり、もしかしたら・・・これも作品の一部なのかもしれない、と思ってしまう。小部屋を回り込むようにして隘路に向かう鑑賞者を阻む鏡・・・ちなみにその通路は袋小路になっているが、その足元には消えかけた「この先立ち入り禁止」の文字が。立ち入り禁止も何も、すぐ袋小路なんだけどね。

この文字ももしかしたらある意味では、作品の一部なのかもしれない。それは深読みし過ぎか?

この展示は部屋の中に入ることはできないが、ほかにも小部屋風の展示はあり、そちらは中に入ることができる。内側と外側とで鑑賞の際の雰囲気が変わる、これも面白い展示だった。

 

 

特集展示もやっており、そちらでは岡本光博などの作品も。

いわゆる3.11芸術の展示もあったが、3.11に関して納得のいくイメージをまだ自分の中で持てていないので、それらに対する適正な評価は行えないでいる。

ただ、3.11をテーマにした映像作品はあり、そちらはおそらく廃墟と化したフクシマの映像だったと思うのだが、最初チェルノブイリに見えて、そのあとでフクシマであると気づくような映像だった。

フクシマがチェルノブイリ化している現実を十分に理解していない側を静かに糾弾するような作りに見えて、それは少しだけ興味深かった。

 

夕食はホテルの近くのお寿司屋さん「一八寿司」へ。

値段は決して安くはないが、非常に美味だった。とくに穴子が、しっかりと焙られており、タレに頼らない、食べごたえのあるモノだった。

 

 

 

 

17日(土)はリゾートしらかみに乗って十二湖駅へ。

途中、千畳敷と呼ばれる海岸で15分ほどの降車休憩が入る。

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潮が引いており独特な風景が広がる。

 

リゾートしらかみは先頭車両が自由に使える展望デッキとなっており、そこからの眺めは非常に魅力的。

窓も大きく写真も撮りやすかった。

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十二湖に着いたあとはバスで十二湖奥へ。

噂の「青池」に到着する。

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噂通りの、インクを流し込んだかのような青色の池。

水も透き通っており、水底に沈んだ丸太の姿もはっきりと映していた。

 

こういうスポットは大体、雑誌に載っている写真よりも実物は劣って見える「がっかり観光地」が多いのだが、ここは十分に美しかった。おすすめできる場所である。

 

ほか、名前通り無数の湖・池に出会えるのだが、全体的にこじんまりとしたエリアなので、徒歩で十分巡り切ることができる。

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グレートキャニオンの日本版(笑)らしい「日本キャニオン」を眺めることもできる。

帰りはバスを使わず、ひたすら徒歩で下山した。

 

 

帰りのリゾートしらかみからの眺め。

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どうしても光の問題でよく見えないが、こういう、海と水田が非常に近いところにある風景はとても好き。

 

2日目の夕食は駅の近くの普通の焼肉屋さんに。

普通の焼肉屋さんだったけれど、めっちゃ安かったけれど、普通においしかった。

とくにホタテなどの海鮮焼きが美味しかったのは、さすが青森といったところなのだろうか。

 

 

あっという間の旅行だったが、濃い時間が過ごせるいい旅行だった。

次は山口の、角島や萩を巡る旅行をしたい。

ドゥニ・ビルヌーブ監督「メッセージ」

主演:エイミー・アダムス、ジェレミー・レナー

 

 

あらすじ

ある日、世界各地に出現した謎の宇宙船。言語学者のルイーズ・バンクス(エイミー・アダムス)は、物理学者のイアン・ドネリー(ジェレミー・レナー)と共に、エイリアンとの意思疎通を図るための役目を担うことに。

人類の常識が通用しない彼らの言語を学ぶうちに、ルイーズに少しずつ変化が訪れる。

 

 

感想

原作のテッド・チャン『あなたの人生の物語』が好きだったために観に行く。

結構原作を忠実に映像化しており、クライマックスの展開に関しては、SFエンタテインメントとして面白くしようという工夫が見られる。

だが、結果として、原作のテーマに関しても中途半端、映画としての面白さに関しても中途半端、な出来になってしまった感は否めない。

 

 

以下、映画・原作ともにネタバレを扱うため注意。

 

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イギリスの保守党はなぜ負けたのか 日本の「保守」はどうあるべきか

イギリスで保守党が負けた。

 

いや、これを「負け」と言っていいのかどうかは解釈次第だが、少なくとも議席を減らし、単独過半数を割る事態となってしまった。

 

 

そもそも今回の総選挙は、保守党の掲げるハード・ブレグジット*1路線をより円滑に進めるためのものであった。

元々過半数議席保有していたものの党内の離反者もおり、離脱関連法案の審議が滞っていた。保守党党首のテリーザ・メイ首相に対しても、国民の選挙によってえらばれた党首ではない、という批判もあった*2

 

だから、総選挙を通して国民の支持を確認し、これを後ろ盾にして党内の反対派を一掃し、さらにはEU議会との協議にも強気で臨めるようにしたい——それが、メイ首相が予定よりかなり早い時期に総選挙を決断した理由であった。

 

直前の保守党に対する支持率は、労働党のそれと比べて2倍近くあり、首相自身も圧勝を期待していたし、各種マスコミに関しても、基本的には保守党が勝利するだろう、という予想をしていた。

この点は、昨年の国民投票や、アメリカでの大統領選挙と同じような感覚である——すなわち、大メディアが(そしてそれに影響される世の中の一般の人々が)社会を形成する「民の総意」に対する大きな勘違いをしていた、というわけである。

 

結果として、保守党は「敗北」した。

下院定数650のうち、保守党がもともと330持っていた議席を318に減らす。これで、単独過半数を割る事態に。

一方の労働党が229議席から260議席に大躍進。

完全に、保守党の敗北である。

 

これを受けてメイ首相の辞任の噂も立ったが、現状ではそうはならないようである。あくまでもハード・ブレグジット推し進めるために、北アイルランド民主統一党(10議席確保)との連立を表明したようだ。

しかしこれに対し党内からも公然と反対意見を立ち上がっていること。さらにこの民主統一党は、アイルランドとの行き来が難しくなる単純なハード・ブレグジットには慎重な姿勢もあり、メイ首相の思惑通りに離脱が進展するかどうか、雲行きはずっと怪しくなってしまった。

 

 

なぜ、保守党は支持を失ったのか。

イギリス国民はなぜ、保守党を見限ったのか。

 

今回の総選挙があくまでも、メイ首相が主導するハード・ブレグジットに対する支持不支持を表明するだけのものであれば、この結果は、英国国民が1年前自分たちが出した国民投票の結果に対して、一定の反省を示したものと解釈できるかもしれない。

 

 

しかし、実際にはそういうわけではないだろう。

今回の総選挙は、保守党が考えていたような「コービン(労働党党首)の軟弱な姿勢ではなく、メイの強い姿勢を選ぼう!」というメッセージが国民にとって強い関心を呼ぶものとはならなかった。

争点となったのは、国民の生活であり、経済であり、安全であった*3

 

英国民が保守党のマニフェストの中で最も拒否反応を示したのが、介護サービス費用の個人負担増、という政策であった。すなわち、保守党が伝統的に掲げる緊縮財政政策への、真っ向からの反対である。

 

対する労働党は、この政府の緊縮財政政策を批判し、代わりに「大学授業料無料化」を中心とするマニフェストが、若者からの圧倒的な支持を集めることとなった*4

そもそも労働党の党首ジェレミー・コービンが昨年9月の党首選で再選を果たせたのも、それ以外の候補者たちが皆、政府の緊縮財政政策への緩やかな支持を唱えたのに対し、コービンだけが唯一、それへの強硬な反対姿勢を取ったからである。

 

国民にとって緊急の課題は、自分たちの身の回りの経済の回復であり、生活の安定化であった。

その思いが、労働党の支持者を超えて保守党の高い支持率を揺るがすほどの事態に発展したのである。

 

 

 

 

この流れを見ていて思い出すのは、今からおよそ8年前の日本である。

そのとき、様々な理想的政策を掲げた民主党(当時)が自民党を打ち破り、政権交代を果たした。

しかし以後、民主党政権が約束した各種政策は実現に至らず、最終的にはそれらの対極にあたる消費税増税を求めたことで、民主党政権は崩壊に至った。

 

だから今回の労働党への支持拡大が、国民の幸福に資するものであるとは、到底思えない。このままの方向で突き進んでしまうとすれば、英国民は日本と同じ失敗に陥る可能性が高い。彼らを批判する保守党の論調にも同意してしまう。

 

 

しかし一方で、労働党を支持する人々の気持ちも良くわかる。

まずは生活、経済、安全。彼らの声を蔑ろにし、ましてや見下すような姿勢を示すだけでは、自分たちの敗北を招き、結果として国民を不幸に陥れてしまう。

 

幸いにも日本は、すでに失敗を経験している。

だから、理想を掲げて沈没した民主党政権のあと、消費税増税や医療費自己負担額増額などの緊縮財政政策が、安倍政権の支持率の下落をもたらすことはほとんどなかった。

その意味で日本の国民は、英国よりもずっとずっと幸福な状態でいられている。

それは、安倍政権の経済政策がその前半期において、一定の成功を収め、日本を覆っていた閉塞感を少しずつ取り除いていくことができていたからでもあるだろう。

 

だが、ここにきて安倍政権への支持率が目に見える形で下がってきた。

直接的な原因は、加計学園問題を中心とした政治の混乱である。

だがそれは、「安倍政権は信用できないよね」という、反安倍政権側の論者たちが意図する雰囲気の結果ではなく、「そんなことしてる場合じゃないだろ」という気持ちの表れである。

だからその冷徹な視線は安倍政権だけでなく、それを追い詰める民進党など野党にも向けられている。安倍政権の支持率が下がる一方で彼ら野党の支持率が上がるわけではない、という事態がそれを裏付けている。支持政党なし、も相変わらず高い。

 

 

国民が求めているのは身の回りの生活の改善である。

人々が安心して暮らせる社会が形成され、段々と豊かになっていく右肩上がりの成長経済。それこそが国民が常に望んでいることであり、これを整備することこそが、政治の責任なのである。

安倍政権が支持され、多少の所謂「右翼」的な姿勢が(左翼の苛立ちとは裏腹に)認められてきたのは、別に国民が右傾化していたからではなく、単純に経済政策がうまくいっていたからである。

アベノミクスは一定の成功を収めていた。それは間違いなかった。

今後、数年以内に確実に実行される消費税の更なる増税に耐え、右肩上がりの経済成長を進めるための成長戦略の進展を、何が何でも果たしていかなければならない。

 

 

しかし実際にはどうだ。ここ最近はアベノミクスなんて言葉、右からも左からも聞こえてこない。岸信介以来の悲願かもしれないが憲法改正なんて国民が本当に望んでいるのか? テロ等準備罪は東京オリンピックまでに整備することが必要だと説明しているが、そもそもオリンピックの成功もまた、国民の最優先事項では決してない。説明不足のまま強硬に推し進めるべきものであるとは思い難い。

 

もっと生活を、もっと安心を。

国民がそう願うことは自然であり、当たり前のことなんだということを、今回の英国選挙の結果を踏まえ、今一度学ぶべきである。

 

 

 

 

そもそも自民党が掲げる保守主義とは、別に国のあるべき姿とか伝統とかを積極的に支持し守ることに力を注ぐ思想ではない。それは伝統主義とかである。

 

エドマンド・バークから始まる保守主義とは、反理性至上主義・反社会主義・反「大きな政府」主義であったはずだ*5

国民が求めるがままに金をばら撒き、「今」を偏重するがゆえに将来世代へのツケを払おうとしない忌むべき思想へのカウンターこそが、保守主義の在るべき姿であるはずだ。

 

今、英国が突き進もうとしているポピュリズム、かつて日本が経験した失敗を繰り返さないためにも、誇りある保守政党である自民党がまず為すべきなのは、国民の信頼に応え、彼らと彼らの子孫たちのための生活をしっかりと「保守」することである。

伝統や道徳は、そんな風に生活を守ってもらい、自由を手にした国民が自ら、自らの考えで選び取っていくものであり、国家が指導する類のものではない。

 

 

理想主義に対抗すべく生まれた保守思想が、自らの錯誤によって生み出した理想に溺れることなく、国民を守るべく現実的な政策を選んでいくことを、私は望んでいる。

*1:移民制限を優先し、単一市場へのアクセスを犠牲にしてEUから離脱すること。大して労働党の掲げるソフト・ブレグジットは、EUから離脱するにしても単一市場へのアクセスなどをある程度残しながら離脱すること。

*2:前保守党党首のデイヴィッド・キャメロンが昨年6月の国民投票の結果を受けて辞意を伝えたのち、最終的に他候補者なしの状態でメイが新党首に選ばれた経緯がある。

*3:そもそも1年前の国民投票で国民が離脱を強硬に求めたのも、移民によって自分たちの生活や安全が脅かされるから、という理由からだった。

*4:保守党も公共料金の上限設定や医療福祉予算の拡大も唱えていたが、コービンはほかに最低賃金の引き上げや、医療福祉政策に関しては保守党の4倍の額を提案した。さらには富裕層や大企業への課税強化など・・・まさにポピュリズムである。

*5:宇野重規、『保守主義とは何か』、中央公論新社