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あの夏の蜃気楼 第1話

風が、吹いた。

 

葉擦れの音。

瞼を開けると視界に入り込む青い空。点々と白い綿菓子のような雲。

鼻孔には草の臭い。

開いた口の中には冷たい空気が入り込んできた。

 

おれは上半身だけ起き上がり、いつの間にか日陰になっていた草むらからグラウンドに視線を送った。

 

喧騒に満ち溢れていたはずの黄土色の大地には今、ひとつの人影も存在しない。

だからおれは、すでに午後の授業が始まっていることを悟った。

 

「やれやれ」

「やれやれ、じゃないでしょ」

 

ニヒルな響きを意識して呟いたその言葉に、あるはずのない返答が返ってきたことに、おれは少なからず驚きを覚えた。

急いで首を回し振り返ると、そこには栗色のセミロングの髪型に少し幼い顔つきをした少女が立っていた。

 

「リュージ、迎えに来たよ。先生公認で」

 

呆れた様子でため息をつく少女。

水瀬那美――今年からおれのクラスメイトとなった生徒の1人で、何かと余計な世話を焼いてくる幼なじみの友人だ。

 

「ほら、行くよ」

 

おれの浮かべた抗議の表情も無視し、那美は両手で肩を押し無理やり立たせようとしてくる。

幼馴染の相川千穂であれば、容赦なく蹴りを入れてくるところだ。

その意味で、彼女はまだ大人しい方だが――それでも、最近は千穂の影響を受けてかおれへの扱いが雑になっているような気がする。

 

「ほらほら、早く」

「はいはい」

 

渋々立ち上がったおれは、ズボンについた土草を払い落としながらよろよろと歩き始める。

頭の中が、ぼんやりとしている。まるで白い膜が視界を覆っているかのようだ。

わずか数十分の睡眠でしかないはずなのに――何時間も眠っていたかのような。

 

「何もたもたしてるの」

 

どげし、と尾てい骨のあたりを強く蹴られる。

・・・前言撤回。

やはり彼女は随分、毒されている。相川千穂に。

 

おれは那美の機嫌を損ねないように早足で歩きながら、もう一度だけ、自分のいた場所を振り返った。

そこには新緑に萌える木々とグラウンドの端の盛り土。

どことなく懐かしさを覚えながら、おれは再び校舎に視線を戻した。

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