ドゥニ・ビルヌーブ監督「メッセージ」

主演:エイミー・アダムス、ジェレミー・レナー

 

 

あらすじ

ある日、世界各地に出現した謎の宇宙船。言語学者のルイーズ・バンクス(エイミー・アダムス)は、物理学者のイアン・ドネリー(ジェレミー・レナー)と共に、エイリアンとの意思疎通を図るための役目を担うことに。

人類の常識が通用しない彼らの言語を学ぶうちに、ルイーズに少しずつ変化が訪れる。

 

 

感想

原作のテッド・チャン『あなたの人生の物語』が好きだったために観に行く。

結構原作を忠実に映像化しており、クライマックスの展開に関しては、SFエンタテインメントとして面白くしようという工夫が見られる。

だが、結果として、原作のテーマに関しても中途半端、映画としての面白さに関しても中途半端、な出来になってしまった感は否めない。

 

 

以下、映画・原作ともにネタバレを扱うため注意。

 

 

映画も原作も共通して、エイリアンの言語である≪ヘプタポッドB≫を学ぶことによって、主人公のルイーズは時間を超越した感覚を手に入れるようになる。

ただ、この辺りは、映画的な表現の限界か、原作と比べてどうしても「神秘的」な雰囲気に彩られているような気がする。原作の光の進路に関する理論からこう、無理やり納得させられるあの感じが好きだっただけに(笑)

 

また、映画ではそれこそ「未来を視る」という表現になっているが、原作ではどちらかというと「現在も過去も未来も等価値になる」という感覚の方が相応しい。

その辺りは、絶えず別々の時間に行ったり来たりする構成だった原作が、ずっと効果的になってしまっている。

 

さらに問題だと感じるのは、この「未来を視る」能力を、映画では「武器」と言い切ってしまっており、ヘプタポッドがルイーズのために「渡した」ものとして描かれていること。

さらに、終盤で、この能力を能動的に用いることで問題解決を図るという構図は、エンタテインメントとしてはとても面白かったのだが、今作のテーマを踏まえると、やってはいけない演出だったんじゃないかな、と思う。

 

原作は原作、映画は映画なので、原作のこの、言語が人の感覚を変えていくというアイディアを用いつつ、もっと別のテーマを扱う作品に仕立て上げても良かったんじゃないか。

原作のテーマを中途半端に残そうとしてしまったがゆえに、微妙な出来になっちゃったんじゃないかな、と思わざるをえない。

 

ただ、ラストの原題Arrivalが出現するシーンは、知人のブログでの指摘を見て成程、と思う演出であった。

Arriivalするのはエイリアンである——と見せかけて、実はルイーズにとって重要な存在であるハンナのArrivalなんだ、という解釈である。

「未来」には悲劇しか待っていなくとも、彼女がArrivalすることこそがルイーズにとっての幸福なんだ、という原作のテーマを、この最後の演出は実に見事に表現してくれた。

 

あ、あと、宇宙船のデザイン(いわゆる「ばかうけ」)はとても良かっただけに、ヘプタポッドのデザインはもうちょっと・・・とも思った。ある意味原作通りだが、ある意味ここも変えてもよかったんじゃないかなぁ、とか。

 

 

 

 

原作についてもちょっとだけ。

この作品はいわば、決定論的な世界における「自由意志」の価値、というものを表現した作品だと思う。

世の中は、いつだって不条理に満ち満ちていて、どんなに努力をしても、どんなに善行を積んだとしても、それが報われるとは限らない。

だから、そんな世界で「幸福」に生きるためには、世界の不条理を意味あるものとみなし、それを含めた世界全てを愛する、というアクロバティックな思考を必要とする。

 

そのために聖書で描かれているのが「ヨブ記」であり、(たとえば)ストア派の自然学で描かれているのが、決定論的な世界観である。

前者をテーマにしたのが同じ短編集に収録されている「地獄とは神の不在なり」という作品でこちらも面白いのでお勧めである。

そして後者をテーマにしたのがこの「あなたの人生の物語」だ。

世界は、悲劇も含めて決定されており、それを避けることはできない(その悲哀は、原作において「皿」の話として取り上げられており、この部分の切なさは読んでいてかなり来るものがある)。

それでも、この世界は「彼女」を私に出会わせてくれる。だからこの世界は、決してつらい世界なんかではない—―人生への強い肯定を、我々に与えてくれる作品である。

 

この作品の主人公ルイーズは、≪ヘプタポッドB≫による独特な世界認識の仕方によって、「悲劇」が未来のものでも過去のものでもない、という世界観を持つようになった。

もちろん我々普通の人間にはその世界観を持つことはできない。だが、常に可能性としてそれを持っておくことはできる。

 

すなわち、たとえ今、幸福な生を送れているとしても、いつ不条理があなたを襲うか、それはわからない。

だが、やがてあなたを不幸が襲うとしても、あなたが今、感じている幸福は確かにあったのであり、それを今、十分に享受し、そして未来に来る喪失に対しても、常に受け入れる心持ちでいるようにしよう。

 

あるいは、過去に幸福が存在し、今はそれをすでに手放してしまっているとしても——あなたは、「思い出す」という方法で、その幸福を再び吟味することができる。

そこで感じるべきは後悔や今に対する絶望ではなく、穏やかにその「過去」を愛でることである。

ある意味で、「思い出す」という方法は、≪ヘプタポッドB≫による世界認識と、そう変わらないものがあるはずだ。

 

そんな風にして人生を見ることができたとしたら、それはきっと、この「あなたの人生の物語」という≪文字≫を見ることによって、あなたの世界認識が良い方向に変化した、と言えるだろう。