イギリスの保守党はなぜ負けたのか 日本の「保守」はどうあるべきか

イギリスで保守党が負けた。

 

いや、これを「負け」と言っていいのかどうかは解釈次第だが、少なくとも議席を減らし、単独過半数を割る事態となってしまった。

 

 

そもそも今回の総選挙は、保守党の掲げるハード・ブレグジット*1路線をより円滑に進めるためのものであった。

元々過半数議席保有していたものの党内の離反者もおり、離脱関連法案の審議が滞っていた。保守党党首のテリーザ・メイ首相に対しても、国民の選挙によってえらばれた党首ではない、という批判もあった*2

 

だから、総選挙を通して国民の支持を確認し、これを後ろ盾にして党内の反対派を一掃し、さらにはEU議会との協議にも強気で臨めるようにしたい——それが、メイ首相が予定よりかなり早い時期に総選挙を決断した理由であった。

 

直前の保守党に対する支持率は、労働党のそれと比べて2倍近くあり、首相自身も圧勝を期待していたし、各種マスコミに関しても、基本的には保守党が勝利するだろう、という予想をしていた。

この点は、昨年の国民投票や、アメリカでの大統領選挙と同じような感覚である——すなわち、大メディアが(そしてそれに影響される世の中の一般の人々が)社会を形成する「民の総意」に対する大きな勘違いをしていた、というわけである。

 

結果として、保守党は「敗北」した。

下院定数650のうち、保守党がもともと330持っていた議席を318に減らす。これで、単独過半数を割る事態に。

一方の労働党が229議席から260議席に大躍進。

完全に、保守党の敗北である。

 

これを受けてメイ首相の辞任の噂も立ったが、現状ではそうはならないようである。あくまでもハード・ブレグジット推し進めるために、北アイルランド民主統一党(10議席確保)との連立を表明したようだ。

しかしこれに対し党内からも公然と反対意見を立ち上がっていること。さらにこの民主統一党は、アイルランドとの行き来が難しくなる単純なハード・ブレグジットには慎重な姿勢もあり、メイ首相の思惑通りに離脱が進展するかどうか、雲行きはずっと怪しくなってしまった。

 

 

なぜ、保守党は支持を失ったのか。

イギリス国民はなぜ、保守党を見限ったのか。

 

今回の総選挙があくまでも、メイ首相が主導するハード・ブレグジットに対する支持不支持を表明するだけのものであれば、この結果は、英国国民が1年前自分たちが出した国民投票の結果に対して、一定の反省を示したものと解釈できるかもしれない。

 

 

しかし、実際にはそういうわけではないだろう。

今回の総選挙は、保守党が考えていたような「コービン(労働党党首)の軟弱な姿勢ではなく、メイの強い姿勢を選ぼう!」というメッセージが国民にとって強い関心を呼ぶものとはならなかった。

争点となったのは、国民の生活であり、経済であり、安全であった*3

 

英国民が保守党のマニフェストの中で最も拒否反応を示したのが、介護サービス費用の個人負担増、という政策であった。すなわち、保守党が伝統的に掲げる緊縮財政政策への、真っ向からの反対である。

 

対する労働党は、この政府の緊縮財政政策を批判し、代わりに「大学授業料無料化」を中心とするマニフェストが、若者からの圧倒的な支持を集めることとなった*4

そもそも労働党の党首ジェレミー・コービンが昨年9月の党首選で再選を果たせたのも、それ以外の候補者たちが皆、政府の緊縮財政政策への緩やかな支持を唱えたのに対し、コービンだけが唯一、それへの強硬な反対姿勢を取ったからである。

 

国民にとって緊急の課題は、自分たちの身の回りの経済の回復であり、生活の安定化であった。

その思いが、労働党の支持者を超えて保守党の高い支持率を揺るがすほどの事態に発展したのである。

 

 

 

 

この流れを見ていて思い出すのは、今からおよそ8年前の日本である。

そのとき、様々な理想的政策を掲げた民主党(当時)が自民党を打ち破り、政権交代を果たした。

しかし以後、民主党政権が約束した各種政策は実現に至らず、最終的にはそれらの対極にあたる消費税増税を求めたことで、民主党政権は崩壊に至った。

 

だから今回の労働党への支持拡大が、国民の幸福に資するものであるとは、到底思えない。このままの方向で突き進んでしまうとすれば、英国民は日本と同じ失敗に陥る可能性が高い。彼らを批判する保守党の論調にも同意してしまう。

 

 

しかし一方で、労働党を支持する人々の気持ちも良くわかる。

まずは生活、経済、安全。彼らの声を蔑ろにし、ましてや見下すような姿勢を示すだけでは、自分たちの敗北を招き、結果として国民を不幸に陥れてしまう。

 

幸いにも日本は、すでに失敗を経験している。

だから、理想を掲げて沈没した民主党政権のあと、消費税増税や医療費自己負担額増額などの緊縮財政政策が、安倍政権の支持率の下落をもたらすことはほとんどなかった。

その意味で日本の国民は、英国よりもずっとずっと幸福な状態でいられている。

それは、安倍政権の経済政策がその前半期において、一定の成功を収め、日本を覆っていた閉塞感を少しずつ取り除いていくことができていたからでもあるだろう。

 

だが、ここにきて安倍政権への支持率が目に見える形で下がってきた。

直接的な原因は、加計学園問題を中心とした政治の混乱である。

だがそれは、「安倍政権は信用できないよね」という、反安倍政権側の論者たちが意図する雰囲気の結果ではなく、「そんなことしてる場合じゃないだろ」という気持ちの表れである。

だからその冷徹な視線は安倍政権だけでなく、それを追い詰める民進党など野党にも向けられている。安倍政権の支持率が下がる一方で彼ら野党の支持率が上がるわけではない、という事態がそれを裏付けている。支持政党なし、も相変わらず高い。

 

 

国民が求めているのは身の回りの生活の改善である。

人々が安心して暮らせる社会が形成され、段々と豊かになっていく右肩上がりの成長経済。それこそが国民が常に望んでいることであり、これを整備することこそが、政治の責任なのである。

安倍政権が支持され、多少の所謂「右翼」的な姿勢が(左翼の苛立ちとは裏腹に)認められてきたのは、別に国民が右傾化していたからではなく、単純に経済政策がうまくいっていたからである。

アベノミクスは一定の成功を収めていた。それは間違いなかった。

今後、数年以内に確実に実行される消費税の更なる増税に耐え、右肩上がりの経済成長を進めるための成長戦略の進展を、何が何でも果たしていかなければならない。

 

 

しかし実際にはどうだ。ここ最近はアベノミクスなんて言葉、右からも左からも聞こえてこない。岸信介以来の悲願かもしれないが憲法改正なんて国民が本当に望んでいるのか? テロ等準備罪は東京オリンピックまでに整備することが必要だと説明しているが、そもそもオリンピックの成功もまた、国民の最優先事項では決してない。説明不足のまま強硬に推し進めるべきものであるとは思い難い。

 

もっと生活を、もっと安心を。

国民がそう願うことは自然であり、当たり前のことなんだということを、今回の英国選挙の結果を踏まえ、今一度学ぶべきである。

 

 

 

 

そもそも自民党が掲げる保守主義とは、別に国のあるべき姿とか伝統とかを積極的に支持し守ることに力を注ぐ思想ではない。それは伝統主義とかである。

 

エドマンド・バークから始まる保守主義とは、反理性至上主義・反社会主義・反「大きな政府」主義であったはずだ*5

国民が求めるがままに金をばら撒き、「今」を偏重するがゆえに将来世代へのツケを払おうとしない忌むべき思想へのカウンターこそが、保守主義の在るべき姿であるはずだ。

 

今、英国が突き進もうとしているポピュリズム、かつて日本が経験した失敗を繰り返さないためにも、誇りある保守政党である自民党がまず為すべきなのは、国民の信頼に応え、彼らと彼らの子孫たちのための生活をしっかりと「保守」することである。

伝統や道徳は、そんな風に生活を守ってもらい、自由を手にした国民が自ら、自らの考えで選び取っていくものであり、国家が指導する類のものではない。

 

 

理想主義に対抗すべく生まれた保守思想が、自らの錯誤によって生み出した理想に溺れることなく、国民を守るべく現実的な政策を選んでいくことを、私は望んでいる。

*1:移民制限を優先し、単一市場へのアクセスを犠牲にしてEUから離脱すること。大して労働党の掲げるソフト・ブレグジットは、EUから離脱するにしても単一市場へのアクセスなどをある程度残しながら離脱すること。

*2:前保守党党首のデイヴィッド・キャメロンが昨年6月の国民投票の結果を受けて辞意を伝えたのち、最終的に他候補者なしの状態でメイが新党首に選ばれた経緯がある。

*3:そもそも1年前の国民投票で国民が離脱を強硬に求めたのも、移民によって自分たちの生活や安全が脅かされるから、という理由からだった。

*4:保守党も公共料金の上限設定や医療福祉予算の拡大も唱えていたが、コービンはほかに最低賃金の引き上げや、医療福祉政策に関しては保守党の4倍の額を提案した。さらには富裕層や大企業への課税強化など・・・まさにポピュリズムである。

*5:宇野重規、『保守主義とは何か』、中央公論新社